<著者> 辻・本郷税理士法人 ヘルスケア事業部 シニアコンサルタント 大武信治
クリニックの開業を考えている先生の中には、「どのように開業準備を進めれば良いのか分からない」という人も少なくないのではないでしょうか。開業するためには、事前の準備(基本構想の決定、経営シミュレーション等)が最も重要であり、その後いくつかのステップと、それぞれにおいてポイントを押さえておかなければなりません。今回はクリニック開業の事前準備のポイントを解説いたします。
<はじめに>
厚生労働省が行っている「医療施設動態調査」によると、令和4年4月末時点の一般診療所の施設数は全国で104,778件。施設件数は、前年同期比で1,352件増加しており、その数は年々増加傾向にあります。特に東京・大阪・名古屋等の主要都市では増加が著しく、大都市圏では、引き続き激しい患者獲得の競争が続くと言えるでしょう。
■ 地方別にみた施設数 ■
診療所 |
30年 |
31年 |
R2年 |
R3年 |
R4年 |
地方別割合(%) |
全国 |
101,959 |
102,298 |
102,638 |
103,426 |
104,778 |
|
北海道 |
3,386 |
3,387 |
3,366 |
3,392 |
3,431 |
3.3 |
東北地方 |
6,520 |
6,500 |
6,449 |
6,482 |
6,603 |
6.3 |
関東地方 |
33,006 |
33,288 |
33,694 |
34,102 |
34,760 |
33.2 |
中部地方 |
17,369 |
17,394 |
17,419 |
17,543 |
17,791 |
17.0 |
近畿地方 |
19,305 |
19,382 |
19,443 |
19,637 |
19,830 |
18.9 |
中国地方 |
6,700 |
6,670 |
6,642 |
6,623 |
6,582 |
6.3 |
四国地方 |
3,359 |
3,331 |
3,305 |
3,284 |
3,279 |
3.1 |
九州地方 |
12,314 |
12,346 |
12,320 |
12,363 |
12,502 |
11.9 |
■ 地方別にみた施設数(増減数) ■
診療所 |
30年 |
31年 |
R2年 |
R3年 |
R4年 |
地方別割合(%) |
全国 |
― |
339 |
340 |
788 |
1,352 |
|
北海道 |
― |
1 |
-21 |
26 |
39 |
2.9 |
東北地方 |
― |
-20 |
-51 |
33 |
121 |
8.9 |
関東地方 |
― |
282 |
406 |
408 |
658 |
48.7 |
中部地方 |
― |
25 |
25 |
124 |
248 |
18.3 |
近畿地方 |
― |
77 |
61 |
194 |
193 |
14.3 |
中国地方 |
― |
-30 |
-28 |
-19 |
-41 |
-3.0 |
四国地方 |
― |
-28 |
-26 |
-21 |
-5 |
-0.4 |
九州地方 |
― |
32 |
-26 |
43 |
139 |
10.3 |
*厚生労働省「医療施設動態調査」令和4年4月末現在 当社集計
2009年に日本医師会が実施した「開業動機と開業医(開設者)の実情に関するアンケート調査」によると、医師が新規開業したときの平均年齢は41.3歳です。
開業後年数別開業年齢によると、5年以内は44.9歳、10~20年は41.7歳、30年超は37.5歳となっています。アンケート調査は少し古いデータですが、数十年前の時代よりも近年は勤務医として経験を積み重ねてから開業する傾向がより強まっているのではないでしょうか。また、アンケート調査の中の開業動機で最も多いのは「理想の医療の追求(42.4%)」、次が「将来に限界を感じた(35.1%)」という結果でした。弊社が開業をお手伝いした先生からも、病院勤務医の過重労働や負担など同じようなお声を多数いただいており、このような現状からも、開業希望の先生はまだまだ増えると推測されます。
■ クリニック開業される主な動機 (当社調べ) ■
・地域医療に貢献したい ・患者とゆっくり向き合った医療がしたい
・将来に限界(病院におけるポストレス) ・過重労働・負担の増大による疲弊 ・病院の待遇が悪い ・激務が給料に反映されない
・定年後の生活設計や子供の教育資金と相続 ・親や奥様に開業を勧められて |
開業後はお給料をいただく勤務医から売上を上げる『経営者』となります。しかしながら、ビジネス経験の少ない先生がクリニックの経営を行うのは大変です。開業までにやるべきことは多岐にわたり、かなりの手間や時間がかかります。開業後も、クリニックとしての利益を上げるための運営・管理業務はすべて先生が主体的に行います。
スタッフの管理、医薬品の管理、設備管理、経理業務、集患対策など業務内容・量は広範囲にわたり、これらを継続的に行う必要があります。医師にとって開業することは、理想の医療や収入アップを実現させる方法の一つではありますが、臨床以外の業務もきちんと把握し業務にあたっていく必要があります。
なお、開業にはゼロから立ち上げる「新規開業」と、既存のクリニックを承継して開業する「承継開業」がありますが、今回のコラムでは「新規開業」にフォーカスし解説いたします。
- ① 基本構想の決定
- ② 開業地の選定と診療圏調査
- 【開業形態の選択(賃貸か購入か)】
- ③ 事業計画書の作成(経営シミュレーション)
- 【開業時にかかる初期コスト】
- ④ 収支の見積もり(キャッシュフローの算定)
① 基本構想の決定
競合クリニックが多いエリアで開設する場合は、患者がクリニックを「選ぶ」まさにレッドオーシャンの時代です。患者に選んでもらうクリニックとなるためには、先生がどのように主体的に開業すればよいでしょうか。はじめの一歩として「基本構想の決定」について以下、解説いたします。
初めに大切なのが、開業するにあたり、どの様なクリニックを作りたいか、どの様な医療を行いたいかなど、経営理念や診察方針を明確にする必要があります。行いたい診療内容によってはターゲットとなる患者層も異なり、掲げる診療科目によっても異なります。先生の強みはその診療科目によって表現されることになるので、まずはご自身が「理想」とするクリニック像を思い描き、それを明確な根拠を元に事業計画として文章や数字に書き起こし、「現実」に近付けていきましょう。
② 開業地の選定と診療圏調査
クリニックを開業する上で「開業地の選定」は、今後のクリニックの運命を左右する最も重要なファクターとなります。駅前で開業するか、住宅街で開業するか、オフィス街で開業するかといった開業地域を探す際も診療内容によって左右されることになります。
また、開業地を選定する理由としては、ゆかりや思い入れのある場所で開業する、条件のいい場所を見つけて開業するなどが挙げられます。
後者の場合、ご自身が専門とする診療科目に対応する人口は十分か、競合クリニックがどの程度あるかを調べ、来院患者数を想定する診療圏調査が必須となります。その他にも、来院するための交通の便、見つけやすい場所にあるか、人や車の交通量はどうか、駐車場のスペースを確保することができるかといった部分も重視する必要があります。
ご自身の理想とする条件を満たす場所は多くはありませんが、妥協して後悔しないためにも時間をかけて調査をしましょう。
【開業形態の選択(賃貸か購入か)】
クリニックの経営を行うにあたり考慮すべき事項は多岐にわたります。開業にあたっては、内装工事や医療器機の購入などで多くの資金が必要になりますが、物件を購入される場合はさらに資金が必要になります。
ご自身が所有している不動産がない限り、新規開業される先生は初期投資が少ない賃貸を選択されるケースがほとんどです。ただし、ご自身の理想とするクリニックは購入でしか描けない可能性もあるため、開業前に下記の表を参考に各々のメリット・デメリットを把握しましょう。
賃貸 | 購入 | |
メリット |
・初期費用が少ない ・撤退や移転がしやすい ・建物の管理を行わなくてよい |
・内装だけでなく外観も自由に設計可 ・改修や増築が可能 ・中途解約の概念がないため違約金などは発生しない ・自分の資産になる ・駐車場の確保がしやすい |
デメリット |
・毎月の家賃が発生 ・賃上げのリスクが発生する ・更新時期以外の解約では違約金が発生する可能性がある ・予期せぬテナントが入居する可能性あり ・建物によっては、利用制限がある |
・一度に多額の資金が必要 ・簡単に撤退や移転ができない ・建物の管理を行う必要がある ・固定資産税等が発生する |
③ 事業計画書の作成(経営シミュレーション)
事業計画とは事業の見通しを具体的に数字にすることで、利益や資金繰りを計画することです。「これぐらい利益が出るとうれしいかな」という希望的観測ではなく、実現性の高い数字として起こすことで、クリニックを運営するための資金がどれほど必要かはっきりさせることができます。
実際に金融機関で融資を受ける際には説得力のある事業計画書が必須となります。
事業計画書の作成にご不安を覚える場合は、コンサル会社などの専門家に依頼するのも一つの手段です。
今回は実際にご自身で事業計画書を作成される際、その実現性の高い数字に必要な大きなポイントとして、開業時にかかる初期コスト、収支の見積もりの2点を主に見ていきましょう。
【開業時にかかる初期コスト】
クリニックの開業にあたり、最も気になるポイントは開業時にかかるコストではないでしょうか。開業には多額の資金を要するため、開業される多くの先生方が内装工事、医療機器やその他コストのために金融機関から融資を受けることになります。
そのため初期コストを抑えるために電子カルテや一部医療機器につきリースを選択される先生方もいらっしゃいます。各業者さんに相見積りを取り、実際にかかるコストを把握しましょう。
■ 主要科目別開業コストの目安表 ■
科目 |
面積 |
内装工事費 |
医療設備・OA・什器 |
従業員数 |
運転資金 |
内科 |
100㎡(30坪)以上 |
賃貸 |
3,500万円 |
4~5名 |
1,500万円 |
小児科 |
130㎡(40坪)以上 |
2,000万円 |
4~5名 |
||
整形外科 |
165㎡(50坪)以上 |
3,500万円 |
5~8名 |
||
耳鼻咽喉科 |
100㎡(30坪)以上 |
3,000万円 |
3~5名 |
||
皮膚科 |
70㎡(20坪)以上 |
2,000万円 |
3~5名 |
||
眼科 |
130㎡(40坪)以上 |
4,500万円 |
4~6名 |
||
心療内科 |
100㎡(36坪)以上 |
800万円 |
2~3名 |
||
・賃貸の場合、仲介料、礼金・保証金、前家賃など家賃の約10か月分が必要 ・土地を購入し自院を建設 ⇒ 1億5,000万円以上 ・借地で自院を建設 ⇒ 8,000万円~1億円以上 |
※上記はあくまでも目安となります。導入する医療機器や診察に要するスペースによって大きく変動いたしますのでご留意ください。
④ 収支の見積もり(キャッシュフローの算定)
事業計画書を作成する上で、最も重要なのが収支の見積もり(キャッシュフロー算定)となります。金融機関より融資を受ける上では、返済する能力がないとそもそも融資を受けることは不可能です。そのため明確な根拠を元に収支予測し、長期的に見て黒字になるような見積もりをすることが必須となります。
見積もる際の注意点として、国保・社保の診療報酬の請求分は2か月後の入金となるため、開業当初は資金が目減りしていきます。この点を踏まえて開業1年目は見積りをしていきましょう。
以下は収入と支出の見積りポイントとなります。
・収入の見積もり
収入(医業収益)の具体的な数字を見積もるためには、1日の来院患者数、診療科目に沿った患者1人あたり診療単価をもとに一月ごと、一年ごとで確認する必要があります。
その地域の来院患者予測をたて、おおよその収入を見積もりましょう。ご自身での調査は不可能ではありませんが、調査会社やコンサルタントがお手伝いをしてくれるケースが多いです。
・支出の見積もり
開業後にかかる経費を把握し、毎月どれだけのコストがかかるか算出する必要があります。下記の一覧を目安に毎月のキャッシュアウトを算出しましょう。
・人件費 ・家賃 ・リース料 ・診療材料費、医薬品費 ・水道光熱費 ・消耗品費 ・通信費 ・衛生費 ・その他経費 (その他) ・生活費 ・借入金の返済(1年目は据え置きのケースが多い) |
最後に
クリニックの開業当初は、患者さんが集りにくく業績としては芳しくないケースが多いです。患者さんに周知され、安定して利益がでるまでは運転資金は目減りしていき、生活費は貯蓄から捻出しなければなりません。
開業されるまでの様々な事項について、開業支援のお手伝いをしてもらえる信頼できるパートナー選びが重要になります。時間的にも経験的にもパートナーがいなければスムーズに開業することは出来ません。特に、開業前後については様々な業種と関わりを持つことになるため、幅広いネットワークがあり、開業に精通している信頼できるパートナーをそばに置いておくことが重要になります。そして、大切なご家族から理解を得ることが出来ているかということも、忘れてはいけない重要なポイントになります。
制作年月:2022年12月26日
PROFILEプロフィール

辻・本郷 税理士法人
ヘルスケア事業部 シニアコンサルタント 大武信治
1991年辻・本郷税理士法人仙台事務所に入所。2005年盛岡事務所所長。2009年新宿事務所ヘルスケア事業部異動。現在に至る。
開業支援コンサルティングを主軸に長年にわたり従事。毎年約20人のドクターの開院をサポートしております。開院前の相談はもちろん開業後のフォローも行っております。
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