近年、一般診療所における第三者承継(M&A)の話をよく耳にするようになりました。医療法人や個人事業の診療所において、よくあるのは親族内での事業承継ですが、親族の中に承継者がいない場合は、親族以外の第三者に承継するケースが増えてきています。
第1回:【知っておきたい】クリニックの開設にあたり押さえておきたいポイント ~事前準備編~
第2回: 【知っておきたい】クリニックの開設にあたり押さえておきたいポイント~資金調達・広告編~
第3回:【知っておきたい】クリニックの開設にあたり押さえておきたいポイント~人材編~
- 目次
- 01:はじめに
- 02:新規開業、承継開業メリット・デメリット
- 03:承継方法
- 04:第三者承継(M&A)時の手続き
- 4-1:診療コンセプトと基本条件の整理
- 4-2:M&Aコンサルティング会社などの仲介業者や専門家へ依頼
- 4-3:秘密保持契約(NDA)の締結、コンサルティング契約の締結
- 4-4:売り手のクリニックと面談
- 4-5:意向表明書の提出
- 4-6:基本合意書の締結
- 4-7:デューデリジェンス(買収監査)の実施
- 4-8:最終契約書の締結
- 4-9:契約内容の履行
01:はじめに
近年、一般診療所における第三者承継(M&A)の話をよく耳にするようになりました。医療法人や個人事業の診療所において、よくあるのは親族内での事業承継ですが、親族の中に承継者がいない場合は、親族以外の第三者に承継するケースが増えてきています。
帝国データバンク医療機関の休廃業・解散動向調査(2021 年)によると、医療機関の休廃業・解散時における代表者年齢は、診療所で70歳代以上が42.0%、60歳代が40.5%、50歳代が14.6%となっており、高年齢での廃業・解散が加速することが伺えます。また日医総研ワーキングペーパー(2020年)では、医療機関経営者の8割以上が引退時期を正式に決めておらず、有床・無床診療所での後継者不在率が全国で86.1%と非常に高くなっており、このようなデータからも、今後も高齢化継承が多くなると推定されます。
医療法人・個人が第三者に事業を譲る場合は、事業そのものを譲渡するパターン、医療法人の持分を譲渡するパターン、あるいは医療法人内の分院のみを譲渡するパターンなど、様々なパターンが考えられます。また検討事項が多く、様々なプロセスを踏む必要があるため、売却をご希望の先生にとって事前の準備は早ければ早い方が良いと言われています。買い手候補となる法人・個人も十分な検討と時間が必要です。
第三者承継を活用して早期の開業を目指す場合は、通常の新規開業だけでなくM&Aにも強い専門家に相談してスムーズに進めていきましょう。
02:新規開業、承継開業メリット・デメリット
「承継開業」と「新規開業」の違いは何でしょうか。メリット、デメリットを確認してみましょう。
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新規開業 |
承継開業 |
メリット |
・クリニックの方針を含め、すべて自由に決められる ・新しい医療機器やその他設備を導入することができる |
・カルテを引き継ぐことができるため、既存の患者がいる状態で経営を開始することができる ・既存のスタッフを引き継ぐことができる ・内装工事などが基本的に不要なため短期間で開業できる ・収支の予測が立てやすい |
デメリット |
・一から集患を行う必要があるため、安定した収入を得るまでに時間がかかる ・スタッフの採用を行う必要がある ・開業後の収支予測が困難である ・その他検討事項が多く時間がかかる |
・老朽化した建物や旧式の機器を引き継ぐ可能性がある ・既存の従業員と新たな経営陣との関係が必ずしも良好にいくとは限らない |
一概にどちらが望ましいというわけではなく、ご自身の開業方針に沿ってより適切な方法を取ることが肝心です。新規開業、承継開業どちらに際しても、はじめの一歩は「基本構想の決定」が非常に重要になります。「基本構想の決定」は、【知っておきたい】クリニックの開設にあたり押さえておきたいポイント(2022.12.26) ~事前準備編~に掲載していますので、ご一読いただくことをお薦めいたします。
03:承継方法
次に、主な承継方法と売り手側からみたメリット・デメリットについてみてみましょう。医療法人・個人が第三者に譲る場合は様々なパターンがあると先述しました。承継開業で診療所を譲り受けたいと考える方にとって、予め事業承継方法を知っておくと自身が承継する際にも有効です。
親族内承継 |
院内承継 |
第三者承継 |
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メリット |
・利害関係者から理解を得られやすい ・徐々に引継ぎを行うことができ、経営者として教育ができる ・持分ありの場合、相続や生前贈与により、費用を抑えることができる |
・院内から経営者として適切な候補者を選定することができる ・社員であれば、経営方針を把握しており、現状の経営を継続することができる |
・院内に後継者がいなくても、法人を継続することができる ・法人が維持されるため、利害関係者や従業員との関係を維持することができる ・経営者は第三者に法人を売却するため、売却益を得ることができる |
デメリット |
・適任者がいない可能性がある ・医院に携わってない親族が承継した場合、従業員、利害関係者の理解を得ることが困難である ・相続、生前贈与の場合、後継者の持分が多くなるため、相続人が複数の場合、引継ぎが困難になる |
・持分ありの場合、持分を後継者に譲渡しなければならない ・経営者が法人の債務保証をしている場合には、後継者に引き継ぐことが困難である |
・買い手候補とマッチングすることが難しい ・承継を行うにあたり、長い時間を要する ・経営者が変わるため、今までの取引先や従業員が離れてしまう恐れがある |
第三者承継(M&A)において特に留意すべきは、経営方針の相違や方針変更で、それまで勤務していた従業員や患者がその医院に対し、不信感を募らせてしまわないようにすることです。後継者と従業員との間でのトラブルは、従業員の離職や患者離れを引き起こす可能性があり、この点がM&Aで多いトラブルと言えます。ご自身が決めた「医院の基本構想」と引き継ぐ診療所の「経営方針や理念」についてしっかり時間をかけて、吟味し確認していきましょう。
04:第三者承継(M&A)時の手続き
実際にクリニックを第三者から承継して開業するには、どのような手続きが必要なのか、その概要を説明いたします。大まかな流れとしては次の通りです。
【手続き一覧】
1.診療コンセプトと基本条件の整理
2.M&Aコンサルティング会社などの仲介業者や専門家へ依頼
3.秘密保持契約(NDA)の締結、コンサルティング契約の締結
4.売り手のクリニックと面談
5.意向表明書の提出
6.基本合意書の締結
7.デューデリジェンスの実施
8.最終契約書の締結
9.契約内容の履行
4-1:診療コンセプトと基本条件の整理
新規開業とは異なり、既に稼働しているクリニックの物件や設備を引き継ぐため、先生ご自身がやりたい診療が場合によっては制限される可能性があります。
承継開業の診療コンセプト(診療方針、基本計画)や希望する開業地、金額感など検討し、承継元となるクリニックを探しましょう。
4-2:M&Aコンサルティング会社などの仲介業者や専門家へ依頼
診療コンセプトを決めたら、医業承継を得意とするM&Aコンサルティング会社などの仲介業者や専門家へ相談をしましょう。
ご自身のコンセプトにマッチしたクリニックを複数紹介してもらえるので、その中でより希望に近いクリニックを選定していきます。基本的にこの段階では売り手候補の名称や実際の場所などの細かい情報は確認できません。
4-3:秘密保持契約(NDA)の締結、コンサルティング契約の締結
検討したいクリニックが見つかりましたら、相手先の個人情報や交渉で得た機密情報を外部に漏らさないように、コンサルティング会社と秘密保持契約(NDA)の締結をします。NDAの締結後に、クリニックのより詳細な概要書を確認できる形となります。
また、この段階で同時にコンサルティング契約を締結することが多いです。
4-4:売り手のクリニックと面談
売り手となるクリニックに訪問し、現院長と面談をします。概要書で事前に情報を確認しますが、外見、クリニック周辺の環境など確認し、設備なども実際に目でチェックしましょう。現院長との面談では、診療方針や現在の経営状況などをしっかり把握し、コンサルタントと相談をしながら、改めて本当に希望にマッチするクリニックであるかを確認しましょう。
4-5:意向表明書の提出
面談をして希望にマッチすれば、買収への意思表明を示す意向表明書を売り手へ提出します。記載する内容としては、譲渡額や譲渡形式、その他条件(既存スタッフの処遇や法人の場合は役員構成など)提示することになります。この意向表明書は法的拘束力を有するものではないですが、売り手視点で買い手先の候補が多い場合は、この意向表明書を参考に選考をします。
この意向表明書は必ずしも作成をするものではなく、時間が限られている場合などは省略するケースもあります。
4-6:基本合意書の締結
承継に関する条件のすり合わせを行ったら、売り手と買い手の認識を共有するために、承継時期や譲渡対価、スタッフの引継ぎ(医療法人は役員含む)等の詳細を整理した基本合意書の締結を行います。
なお、基本合意書は法的拘束力を有するものではありませんが、後々トラブルが起きないよう、作成を推奨します。
4-7:デューデリジェンス(買収監査)の実施
基本合意書の締結後は、デューデリジェンスを実施します。デューデリジェンスとはクリニックの承継にあたり、そのクリニックの価値評価、抱えるリスクの把握が主な実務内容です。最終的な意思決定に資する手続きとなります。
承継するクリニックの規模が小さい場合や金額面など考慮して省略するケースもあります。
4-8:最終契約書の締結
デューデリジェンスが完了し、売り手側と買い手側の条件が合致したら、最終的な契約書を作成します。
また、基本合意書とは違い法的拘束力を有するものとなります。
4-9:契約内容の履行
最終契約の締結後は、売り手が法人か個人かにより、踏む手続きが異なります。最終契約に基づき経営権を移転する手続きを行い、M&Aの手続きは完了となります。医療法人の出資持分譲渡の場合では、出資持分の譲渡によって経営権の移転が行われ、買い手から対価の支払いなどが行われます。同時に、前経営者が社員・理事を退任し、経営者の交代が行われます。
医療施設M&Aに独特のプロセスとして、施設の廃止と開始、経営者の交代などに関して、行政に対する調整が必要な場合があります。M&A仲介会社のアドバイザーなどがサポートしてくれます。
次回はM&Aの実務について、個人として承継開業をする場合と医療法人を承継して開業する場合の取扱いを比較していきます。
<著者> 辻・本郷税理士法人 ヘルスケア事業部 シニアコンサルタント 大武信治
制作年月:2023年8月29日
事業承継情報
PROFILEプロフィール
辻・本郷 税理士法人
<著者>ヘルスケア事業部 シニアコンサルタント 大武信治
1991年辻・本郷税理士法人仙台事務所に入所。2005年盛岡事務所所長。2009年新宿事務所ヘルスケア事業部異動。現在に至る。
開業支援コンサルティングを主軸に長年にわたり従事。毎年約20人のドクターの開院をサポートしております。開院前の相談はもちろん開業後のフォローも行っております。
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