- 目次
- 01:はじめに
- 02:個人経営のクリニックを承継する場合
- 2-1:事業譲渡の概要
- 2-2:手続関係
- 2-3:税務のポイント
- 03:医療法人のクリニックを法人格ごと承継する場合
- 3-1:概要
- 3-2:手続関係
- 3-3:税務のポイント
- 04:終わりに
01:はじめに
クリニックの承継開業 第三者承継(M&A)の第2回目は、個人経営のクリニックを承継する場合と医療法人のクリニックを承継する場合の行政手続きや税務について解説します。
☞【知っておきたい】第1回 クリニックの承継開業のメリット・デメリット、第三者承継(M&A)について(2023.08.29)
これから開業される先生が、既存のクリニックを承継して事業を開始する際に、事業を譲り受けるか、法人ごと譲り受けるかで取扱いが大きく変わります。
02:個人経営のクリニックを承継する場合
個人経営のクリニックでは、医師個人が開設者となり運営され、クリニックに係る財産や契約はすべてその医師個人に帰属しています。
2-1:事業譲渡の概要
これから開業される先生が、個人経営のクリニックから事業を承継する場合には、そのクリニックに係る医療機器、薬剤、不動産賃貸借契約、スタッフの雇用契約のなどの多くの財産・契約を個別に承継することになります。
これを「事業譲渡」といいます。
開設者・管理者としての地位は直接的に受け継ぐことはできず、売手の先生の廃止手続きと買手の先生の開設手続きを同時に行います。
また、カルテも患者の個人情報ですので患者本人の同意なく直接的に受け継ぐことができないのですが、事業承継の場合は例外的に受け継ぐことが可能とされています。
2-2:手続関係
(1)診療所の開設
新しく開設する医師は、保健所に「診療所開設届」の届け出と、厚生局に「保険医療機関指定申請書」の届け出が必要になります。
提出期限は保健所が原則、開設日から10日以内、厚生局は、所轄厚生局の定める締切日主に(10日、15日が多い)までとなります。
厚生局での保険医療機関の指定は、開設月の翌月1日から受けることが原則となり、通常は開設月においては保険診療が行えません。
ただし、以下の通り一定の条件を満たす場合に限り、遡って開設月の初日から保険医療機関として指定を受けることができます。
一定の要件とは以下の通りです。これらの条件を満たすことにより、開設日から保険診療を行うことができます。
・事業譲渡前に非常勤として一定期間勤務を行っていること |
・前クリニックの廃止日と新たなクリニックの開設日が連続していること 例)廃止日 3/31 開設日 4/1 |
・診療科目が同一であること |
(2)労働社会保険手続
事業譲渡の場合は、基本的に各保険につき新規成立手続き(雇用保険除く。)を要します。
職員は、一定の条件を満たす場合に「労災保険」「雇用保険」「健康保険・厚生年金」に加入義務が発生しますので、保険の種類により手続きの確認を漏れなく行う必要があります。
|
手続名 |
提出先 |
提出期限 |
労災保険 |
労働保険 保険関係成立届 |
労働基準監督署 |
事業開始後10日以内 |
雇用保険 |
雇用保険事業主事業所各種変更届 ※事業主(院長)が変更された旨の手続き |
ハローワーク |
変更のあった日の翌日から10日以内 |
健康保険・厚生年金 |
健康保険・厚生年金保険新規適用届 |
年金事務所 |
開設日から5日以内 |
*参考:職員の各保険加入要件
・労災保険
労災保険はすべての職員が加入する必要があります。
・雇用保険
雇用保険は従業員の1週間の勤務時間が20時間を超えると加入する必要があります。
・健康保険・厚生年金
健康保険・厚生年金は常勤職員のほか、非常勤職員も常勤職員の勤務時間と比較して四分の三以上勤務されていると加入する必要があります。
加入対象となる職員がいる場合には、「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」や扶養の有無に応じて「健康保険被扶養者異動届」の提出も必要です。こちらの書類は雇用開始から5日以内の届け出となります。
また、個人事業の場合、常勤職員が5名未満であれば原則、健康保険、厚生年金の加入義務がないため、クリニックとして社会保険の任意適用申請手続きが必要となります。
(3)税務手続
新しく開設する先生は、事業の開始を官公署に届出る必要があります。一般的に以下の書類の提出が必要です。
・税務署
① 個人事業の開業等届出書
② 所得税の青色申告承認申請書
③ 給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書
上記の書類は、事業を開始する際に届け出をします。
特に②所得税の青色申告承認申請書は、開業日が1月1日から1月16日になる場合は、その年の3月15日までに、1月16日以後の場合は、事業開始の日から2ヶ月以内に届け出をしなければなりません。
そのほか、状況に応じて以下の書類の届け出も必要になります。
・青色専従者給与の関する届出書
配偶者などの親族の給与を必要経費に算入する場合は提出が必要です。
・所得税・消費税の納税地の異動又は変更に関する申請書
申告書の納税地を住所地に代えて事業所等の所在地を納税地として、申告を行いたい場合は届け出が必要です。
・都道府県税事務所
④ 事業開始等申告書
上記書類は事業開始の日から15日以内に届け出をする必要があります。
2-3:税務のポイント
事業を承継し、個人経営のクリニックとして開業する場合には、先生は「個人事業主」になりますのでそのクリニックの運営により生じた利益は先生個人に帰属することになります。
その年の1月1日から12月31日までの生じた所得について、翌年3月15日までに所得税の確定申告と納税が必要となります。
また、不動産、内装、医療機器などの保有により固定資産税といった税金も先生個人に毎年かかりますのでご注意下さい。
03:医療法人のクリニックを法人格ごと承継する場合
医療法人とは、病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設することを目的として医療法の規定に基づき設立される法人です。
これからはじめて開業される先生が、第三者承継で「医療法人」を引き継ぐ場合は、「医療法」の規定および「医療法人」について知っておかなければなりません。(厚生労働省 医療法人の基礎知識)
<(参考)医療法人のガバナンス>
※厚生労働省資料より当社作成
3-1:概要
個人経営のクリニックの承継は、そのクリニックにかかる財産や契約を個々に承継するのに対し、医療法人のクリニックの承継は、そのクリニックを法人格ごと包括的に承継することになります。
医療法人は株式会社とは異なり、社員一人につき一議決権となりますので、医療法人の経営権は社員の過半数を入れ替えることで移行します。
その医療法人に出資持分がある場合には、その出資持分の買取りが前提です。
社員の過半数が入れ替わったあとに、意思決定機関である社員総会にて理事を選任し、その中の互選により理事長を選定します。
個人経営のクリニックの承継と比べ手続きがとても少なく、「居抜き」のイメージですぐに事業を開始できることがメリットですが、損害賠償リスクや簿外債務も包括的に承継するので承継の契約条項に留意する必要があります。
3-2:手続関係
(1)行政手続
医療法人のクリニックの承継においては、役員や管理者の変更に際し、各行政機関で下記の手続きが必要となります。
また、法人やクリニック名称を変更するのは買い手側の自由となりますが、変更時には管轄の都道府県において定款変更の認可を受ける必要があります。
<手続一覧>
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手続名 |
提出期限 |
都道府県 |
役員変更届 登記事項の届出 |
変更後、遅滞なく 登記後、遅滞なく |
保健所 |
診療所開設許可(届出)事項一部変更届 |
変更後10日以内 |
地方厚生局 |
保険医療機関届出事項変更届 |
変更が生じた場合には、速やかに |
※法人、クリニック名称の変更は定款変更の認可が必要となり、都道府県において定款変更の認可を受けた日をもって変更となります。
・都道府県
①役員変更届
社員総会の決議により理事や監事といった役員の変更がされたら、これを都道府県に届け出をしなければなりません。
また、法人の代表者(理事長)は登記事項となるため、変更後直ちに法務局で登記申請をする必要があります。
※法人、クリニック名称も登記事項となります。
②登記事項の届出
法人名称、クリニック名称、理事長などの登記事項の変更をしたときは登記事項証明書(履歴事項全部証明書)の原本を添付して届け出をしなければなりません。
・保健所
③診療所開設許可(届出)事項一部変更届
開設者である法人に変更はないものの、開設許可を受けている法人の代表者、そのクリニックの管理者が変更になっている旨を
所轄保健所に届け出が必要となります。 ※X線があるクリニックは、「X線装置備付届」の届け出も必要となります。
・厚生局
④保険医療機関届出事項変更届
③と同様に変更になっている旨を、所轄厚生局に届け出が必要となります。
(2)労働社会保険手続
個人クリニックの承継とは違い、各保険の新規成立手続きは要しません。
ただし、代表者の変更、法人名称・クリニック名称の変更の際に、各変更にかかる届け出を要しますのでご注意ください。
|
手続名 |
提出先 |
提出期限 |
|
代表者変更 |
法人、クリニック名称変更 |
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労災保険 |
労働保険名称、所在地等変更届 |
労働基準監督署 |
変更から10日以内 |
|
雇用保険 |
なし |
雇用保険事業主事業所各種変更届 |
ハローワーク |
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健康保険・厚生年金 |
健康保険・厚生年金保険事業所関係変更(訂正)届 |
年金事務所 |
変更後、速やかに |
(3)税務手続
こちらも個人クリニックの承継とは違い新規の届け出は不要となります。
代わりに代表者の変更や法人名称・クリニック名称の変更に際し、速やかに下記の届け出が必要となります。
・税務署
異動届出書
・都道府県税事務所、市町村役場
異動届
3-3:税務のポイント
医療法人のクリニックを法人格ごと承継し、医療法人の経営者として開業する場合には、先生は「医療法人の役員」になりますので、そのクリニックの運営により生じた利益は医療法人に帰属することになります。
その医療法人の会計年度に生じた所得について、期末から2ヵ月以内に法人税等の確定申告と納税が必要となります。
先生個人はその医療法人から役員報酬を受け取ることになりますが、給与収入が年間2,000万円超などの事由に該当しなければ、先生自身に確定申告の必要はありません。
また、医療法人においては、旧役員(前理事長など)への退職金の支給によりその年度の法人の利益がマイナスとなる場合は、そのマイナス分(繰越欠損金)をその後医療法人で生ずる利益と相殺することができ、法人の決算にかかる税金については一定期間、地方税の均等割りのみの納付となるケースがあります。
04:おわりに
今回は、これから開業される先生が既存のクリニックを承継して開業する際に、個人経営のクリニックを譲り受ける場合と医療法人のクリニックを譲り受ける場合の取扱いについてご紹介しました。
各手続きに漏れが生じると、最悪のケースでは予定していた日に開業できないなどの事態や、ペナルティが課される場合もあります。
せっかく来院された患者さんに診療を行うことができなくならないようにしっかり準備・確認を行う必要があります。
先生おひとりでかかえず、開業コンサルタント等に相談されることをおすすめします。
<各手続き一覧>
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個人経営のクリニックを承継する場合 |
医療法人のクリニックを法人格ごとに承継する場合 |
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行政機関 |
都道府県 |
なし |
役員変更届 登記事項の届出 |
保健所 |
診療所開設届 (X線装置備付届) |
診療所開設許可(届出)事項一部変更届 |
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厚生局 |
保険医療機関指定申請書 |
保険医療機関届出事項変更届 |
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労働社会保険 |
労災保険 |
労働保険 保険関係成立届 |
労働保険名称、所在地等変更届 |
雇用保険 |
雇用保険事業主事業所各種変更届 |
雇用保険事業主事業所各種変更届 |
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社会保険 |
健康保険・厚生年金保険新規適用届 (健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届) (健康保険被扶養者異動届) |
健康保険・厚生年金保険事業所関係変更(訂正)届 |
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税務 |
税務署 |
個人事業の開業等届出書 所得税の青色申告承認申請書 給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書 |
異動届出書 |
都道府県税事務所・市町村役場 |
事業開始等申告書 |
異動届 |
<著者> 辻・本郷税理士法人 ヘルスケア事業部 シニアコンサルタント 大武信治
制作年月:2023年11月21日
事業承継情報
PROFILEプロフィール
辻・本郷 税理士法人
<著者>ヘルスケア事業部 シニアコンサルタント 大武信治
1991年辻・本郷税理士法人仙台事務所に入所。2005年盛岡事務所所長。2009年新宿事務所ヘルスケア事業部異動。現在に至る。
開業支援コンサルティングを主軸に長年にわたり従事。毎年約20人のドクターの開院をサポートしております。開院前の相談はもちろん開業後のフォローも行っております。
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